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報告書
アーシャーサフークティ古文書館所蔵ネパール写本保存プロジェクト
概要
2006
仏教資料文庫
序
ネパール写本を収蔵するアーシャーサフークティ古文書館(ASK)は設立されて以来、仏教資料文庫(BL)と<アーシャ−サフークティ古文書館所蔵写本保存協同プロジェクト(ASK-P)>を推進している。ASK-Pは2000年には5309本の写本をスキャンし終え、第2次デジタル画像化はデジタルデジタルカメラを用いて通算7025本までデジタル化した。またデジタルカタログも発表することが出来た。2006年3月には写本の収蔵館が完成した。
ASKはトヨタ財団の支援の下、1987年12月、プレム・バハドゥール・カンサカール氏が、同氏のコレクションはじめアメリカ人イヤン・アルソップ氏のコレクション他などを集めて設立した。BLはそれ以前にマイクロフィルムに収めたダルマ・ラトナ・バジュラチャールヤ氏の仏教写本を後代に伝えるべき重要なコレクションとして同氏に寄付を勧め、資金的な協力を行った。
※ASKのURLに詳しい<http://www.aioinet.net/ask/Introduction.htm>
BLは同時にASK設立当初から写本の保存管理のために、すべての写本をマイクロ化する事業の協力を始めた。しかし当時BLに資金的バックアップがなく、マイクロ化は中断を余儀なくされた。
※仏教資料文庫は1970年代中頃、ネパール写本のマイクロフィルム化を、特に仏教分野のものに限って行った。写本1500本余 マイクロフィルム100ft55巻の製作を行い、日本の大学や研究機関へ納めた。このマイクロフィルムについてカタログも編纂して<A
Microfirm Catalogue of Buddhist Manuscripts of
Nepal>として出版した。当時Nepal-German
Manuscript Preservation Project
(NGMPP)は国立古文書館のマイクロ化を行っていたが、個人のコレクションを扱うことはなかったので、特にネパール金剛乗仏教僧であるバジュラチャールや個人のコレクションを中心にマイクロ化を進めた。
1990年ネパールは民主化された。その民主化で重要な役割をされたパドマ・ラトナ・トゥラダール氏が、ASKの理事会新会長に就任されていた。BLの代表である高岡秀暢は氏と古くから親しかったので、そのPRトゥラダール氏から再度のマイクロ化の要請を受けることとなった。
1995年幸いに日本交流基金アジアセンターの助成を受ける事ができて、<アーシャ−サフークティ古文書館所蔵写本保存協同プロジェクト>を創設した。
このASK-Pは3期の事業に分けられた。
第一期
写本収蔵番号の確定と写本の画像データーベース化※
第二期
写本収蔵館の建設
第三期
ASKの運営管理と写本保全活動
※第一期に位置付けられる作業は写本のデジタル画像データーベース化であったので、単にデジタルプロジェクト、DPと呼んだ。正式には『アーシャーサフクティ古文書館所蔵ネパール写本デジタル画像化プロジェクト』<The
Digitalization Project of the Nepalese Manuscripts in
ASK(DP)>と呼んだ。
第一期写本収蔵番号の確定と写本の画像データーベース化
その
第一期事業であるDPは、1994年ASKとBLがASK-Pのために覚書を調印した時に始まり、5309本の写本をスキャニングして2000年2月にASK内でWeb表示システムを設置し、さらにその後7025本までデジタル写真で画像化作業を終えた。
プロジェクトの目的
(1)DPでは写本の保護保全、情報化、公開のトータルなシステムを確立する。
(2)活動を国立古文書館やその他に所在する写本の保護保存の活動へ広げるために、写本保存システムのモデルの確立を目標とする。
(3)写本の内容、形態、状態、保存状況、保存対策などの情報化をおこなう。
(4)目録、検索、保存対策などにおいて問題を提起する。
ここに扱う<ネパール写本>の概要
ネパールの首都があるカトマンズ盆地には古くからネワー語を話すネワー民族が居住している。同民族は仏教徒とヒンズー教徒を擁するが、両教の所依の経典は多くがインドで著されたサンスクリットの経典である。サンスクリットで書かれた文献は手書きの写本で伝えられており、昨日まで写本製作(経師)の伝統が行われていた。そのほかネワー語で書かれた写本も含めてネパール写本と呼ぶ。
※1970~80年代にはスクラ・ラージュ・バジュラチャールヤという名の経師があり、夫婦でネパール手漉紙を張り合わせ、砒素顔料(ハルタル)を塗って、写経をする仕事をしておられた。その後夫婦がなくなられた後の経師は知らない。
仏教、ヒンズー教の宗教関係の写本がもっとも多く、医学書、占星術、文学(劇、詩)歴史(バンサバリ)、特殊なものとしては公文書、契約書などがある。
支持素材としては古くは貝葉(パームリーフ)が使われた。16世紀以降には手漉きハルタル紙がそれに替わり、あるいは黒紙又は藍紙も作られた。その他の素材としてはまれには木片、金属板などもある。
文字は日本にも伝わったインド由来のブラフミー系文字である、その種類は多いが、プラチャリットと言われるネワー文字、ブジモール、ランジャナ、デーバナーガリー書体などといわれる文字が主なものである。
文字に使われる墨としては墨、朱(?)、ハーブ墨、金銀、まれには血液もある。
挿絵や図は極彩のものであり、岩絵の具で描かれた美しいものでネワー美術史を語る重要な資料である。
ASK-P第一期作業であるDP事業の内容は以下である。
1)写本に通し番号を新たに振る。これを通称DPナンバーと呼んだ。
※この通し番号をもって、これまでの番号は使用しないこととし、今後ASKの写本の整理、収蔵、デジタル画像データーベースなどの基本番号とし、新規移入の写本についてもDPナンバーのみを使用するようにした。
2)写本の画像はフラットベッドスキャナーによって140dpiで製作し、CDに保存する。
※スキャニングについて<dpi>の選択は大変難しかった。画像の美しさとスキャンのスピードは背反していた。5309番まで140dpiでスキャンすることとなった
3)スキャンされた画像をデータベース化し、Web検索表示システムを作成して、それをASKに設置する。
※Web検索表示システムを田之上が担当したので田之上サーチエンジンと呼んだ、イントラネットの形でサーバー側PCとクライアント側PC2台をつないで、ASKに設置した。本来インターネットに接続して公開する予定であったが、画像の版権などの問題がクリアできなかった。
スキャンの作業体制と役割分担
ASKは作業場を提供し、写本の運び出し入れ、番号振り、管理を行った。
また作業体制に事故の起こらないように監督をした。
BLチームがスキャンの器材システムを提供し、運用システムを構築し、作業の指導をした。
スキャン作業は『ネパール文字の会』<The Nepal Lipi Guthi> が協力した。
作業の推進メンバーと役割
『仏教資料文庫』側の人名と役割
高岡 秀暢 企画、渉外
東 豊久 技術、指導
田之上 繁 システム、情報処理
支援ボランティア
内田 修弘 現地コンピューター技術、プログラム作成
菅原 桂介 コンピューター作業、
『アーシャーサフクティ古文書館』側
Mr. Padma Ratna Tuladhar
ASK理事長
Prof. Kamala Prakash Malla
ASK会計
Mr.Raja Shakya
ASK館長
Mr. Sarod Kansakar
ASK所員
ネパール側支援
『ネパール文字の会』<The Nepal Lipi Guthi> 会員 スキャン作業
5309本までのデジタル画像取り込機材システム
プロジェクト進行とともにデジタル機材の開発進化は激しく、機材は都度都度入れ替えたかった、しかし予算の都合上5309本までは以下のシステムをだいたい維持した。今では懐かしいほどのシステムなので此処に記憶として書き残した。
画像の取り込み
ヒューレッドパッカード製フラットベッドスキャナー + マッキントッシュ
PB150 + 一時画像保存記憶媒体JAZ これを2システム スキャンは140dpiで行い JPG形式で一時保存
画像検査、整理し、必要な画像については再処理し 検査済み画像をハードディスクに一時保存
JAZ + マキントッシュperforma + HD( 1G )
画像をCD-ROMへ保存
HD( 1G )+ マッキントッシュPB5300 + CD-R CD-ROMにマスター保存2枚
第2次5310~7025本までの画像化の機材システム
デジタルカメラの急激な開発、記録媒体の大容量化で、画像化の方法も、スキャニングからデジタルカメラへ切り替えることになった。
画像取り込み
フジFine
Pix S2 Pro + デスクトップMac
+ HD (30G)
画像はDVD-ROMへ保存
HD(30G ) + PCはMAC7600 + DVDライター
※なおすべての画像は最終的にJpeg処理したものである。
ナンバリングの方法
CDのカバーに、たとえば番号が<<ASK_BL-039 2116 -
2122>>となっておれば、後者の2116乃至2122が写本の通し番号であり、画像フォルダーの番号である。前者の<<ASK_BL-039>>の039はCD-ROMの番号である。
画像ファイルの番号は1234-252という具合に4桁と3桁をハイフォン「ー」で繋いでいる。先の4桁が写本の通し番号であり、画像ホルダー番号である。後者はひとつの写本の葉の順番に振られており、一本毎に001からはじまる、画像ファイルの番号でもある。
写本番号である4桁のデジタルナンバーは本来写本の収蔵ナンバーを決定する為にできたもので、画像フォルダーの番号と写本収蔵番号とを完全に一致させる為のナンバーである。その目的はCDから画像ばかりではなく即座に写本そのものにも到達出来るように考えたものである。そして写本のシリアルナンバーによってもし写本が紛失すればそれがすぐにわかるようにした。また新規に納入された写本は納入順序も示す事になる。今後一切の別のナンバーリングを行ってはならないということをASKとBLは確認した。
この方針が確実に理解され、実行されなければこのプロジェクトの成果は小さい。このプロジェクトはスキャンの進行ばかりではなく、こうした原則の導入も重視した。
そのデジタル画像化作業おけるそのほかの問題
この画像化においては、この古文書について文字文化財としてのみ見るのではなく、紙、墨、糊、塗材等を伝える文化財、技術などを伝える文化財と考えて、その画像化においてはきるだけ多くの情報を記録することを心がけた。
画像化の作業は同時に写本の貴重性を訴え、また取り扱いの方法をしらせた。その所在、所有、移動の不安などに関してもプロジェクトはデジタル化と共に十分研究されねばならないと考えた。
第二期 ASK-P事業、写本収蔵館の建設
2006年3月ASKに写本収蔵館が完成した。ASKの理事会、支援委員会の悲願であった収蔵館の完成式典ではPRトラダール氏はじめ多くの関係者は感激の祝辞を述べた。BLは東豊久が出席した。
設計は国際的に活躍するソワヤンブー・ラトナ・トラダール氏がボランティアで行った。またネワーの文化財を護る建物と言うことで工事関係者も利益を度外視して協力した。
建築の費用は、BLが日本でデジタル画像データを大学図書館などへ納め、それで得た財政とそのほか寄付などでまかなった。
写本の保存状態の改善と言う問題
保存状況の改善とは単に建物だけの問題ではない以下の問題とその対策の必要性を考えた。
BLは保存プロジェクトの中途で説明会を行った。画像化の意義と方法、<データーベースとは>という問題とともに、ネパール写本の保存状態の標準化と対策という問題を伝えた。写本は保存状態の判断として、段階的に、美麗<良好<やや汚れ<取り扱い注意<修理の要、などが考えられた。写本破損の原因は人、虫、カビ、ネズミ、湿気、酸素、乾燥、ほこり、取り扱い、その他などだと特定した。その対策マニュアルも設置しなければならないと申し上げた。保存状況の改善としては収蔵館の改善、収納箱を作る、包み布でくるむ、両面板で支持する、貴重本は取り扱い注意本として特別棚に収蔵する、壊れそうなもので可能なものはラミネート処理、補修処理、その他などを行うことを提案した。
写本の保存状況は原本の保存されている場所、収蔵形態からの保存と移動の不安度の高低を判断し、その対策も考えられねばならないと伝えた。収蔵形態としては僧侶、コレクター、グティ(団体)、寺院、公共古文書館の所蔵などがあるが、それぞれの状況の把握が必要であるとも訴えた。その後のことであるが相当の時間が経った現在でもその調査についてはまだまだの状況である。カトマンズにおいては国立アーカイブス始め団体であれ、個人のコレクションであれ、保存の不安状況は極めて深刻である。その保存不安は諸理由による破壊、移動、紛失、混乱、盗難、等である。
その対策としては勿論まず初めに写本の画像化であり、収蔵方法の改善、すなわち整理、収納箱、棚、湿温度の安定した安全な建物、安全なところへの移動、取り扱いマニュアルの設置等だと訴えた。
建物については特に盗難はじめ人の取り扱いでの損傷と紛失と言う問題、雨、湿気、温度変化など十分考慮したいと訴えた
収蔵館建設の経緯における問題
さて現実に建物の設計において使用目的、収蔵配慮などの考えにおいて互いに違いが多く発生した。
その根本的な対立点は、BLは建物は収蔵専門施設とすべきであると考えたのに対して、ASKはASK活動全般のために使用したいと考えたことである。
そのすれ違いのためか建物の設計図はASKが独自に進めてしまうことになった。
設計図の完成後、少なくも湿気と温度変化の2点だけでも改善しようと建築設計士SRトラダール氏と協議した。
BLが改善を求めたところの主な点は、(1)屋根はスロープを持たせ瓦葺で軒を出すこと、(2)写本収蔵室は2階に設けること。(3)南の外壁は土地境界から3〜5ftはなすこと、外壁には窓を設け、内壁を設けること、東西は両隣の建物からわずかでも外壁を離すこと、(4)3階にテラスは止め、生活空間のない設計とすること。
結果としてテラスをはずすことにだけ変更がなされた。
いずれにしても倒壊の恐れがあった旧館から写本は新しい建物は引っ越すことが出来た。今新築建物にたいしては収蔵環境を改善させる改装を考えている。
新築建物の現況から保存性能を向上させる提案の内容は
1、写本収蔵は一階ではなく、2階とする
※一階は頑丈な鉄のドアで盗難を封じるとしているが、湿度は80%を越えている、建物の周りは建物群があり、穴の中のような空間にある建物の一階は、湿度はどうしても高くなってしまう
2、南の壁に風の通るような小さい穴を沢山あけて、内壁を設ける
※建築法上境界線にある壁には窓を設けてることは出来ないが、隣接に建物がないので、通風を良くするために通気孔を設けることは許される
3、3階を生活空間として使用しない
※現在旧館が倒壊するかもしれないと言って新館3階を会議等に利用している。人が出入りすることによる湿気や温度を変化させる、人の侵入をしやすくするなど問題があるので再考を即したい。
現在室温時計で1F(GF),2F,3Fの変化の記録作業をしている。このデータ記録作業を1年間続ける予定である。
ASKにおけるその他の諸問題など
1、ネパール写本の所在とその保存状況
現在把握しているネパール内のASK以外の所在、所有は以下である。
国立アーカイブス
ケサルライブラリー
アッチェシュワル寺
ソワヤンブー・ビカーシュマンダラ
そのほか諸グティ、個人(僧侶)(コレクター)など
※これらの多くはドイツの機関によるマイクロフィルム化が行われたと思われる。しかし問題もありマイクロに収められた写本がどこに属するかは特定できないことである。
さてネパールの国外へ持ち出された写本状況はいかがであろう。特に海外の大学や博物館などへ所在と保存状況、公開度などについて調査を広げる必要があろう。またネパール写本のトータルな保存に関して調査の必要がある。
2、ASKという民間古文書館の法的位置づけという問題
ASKの法的位置づけは、その財産(写本、建物、土地)を守るために必要なことである、組織としても社会的に信用のある存在であらねばならない。
ASKはPBカンサカール氏はじめ多くのコレクションの参加において設立されたが、様々な事情において、ASKはPBカンサカール氏の主宰する文学同人会「チョサパサ」の下部組織とされた。「チョサパサ」は未登録、定款のない会であり、ASKもその位置づけは会員の阿吽の理解だけであった。法的にはASKの土地建物は個人の財産として登記された。組織内部では個人のものではないと了承されているが、ASKのこの状態は国際協力の中での信用性、責任性、存続性が問われることになった。
長期に渡る維持管理という視点に立って、アーシャーサフークティの法的位置、組織体制、財政、活動の内容、といった問題をプロジェクトで検討した。BLはこうした問題を協議上に乗せ、このDPプロジェクトでは特にASKに定款を設置することに成功した。定款では、ASKはチョサパサの所属団体であるが、その活動や財産(土地建物と写本)はASKの自立的体制のもとに管理されると確認された。
3、写本を護り、さらに地域,世界へ開く責任ということ。
ASKはネワー社会でさえ認知が十分ではない。写本やASK自身を公開し社会的認知を得れば、ネワーのアイデンティティである文化に対する自覚を即し、保存責任の啓発をすることになる。なににもましてASKの趣旨と目的に協力が得られれ、写本の寄付なども増すであろう。
近年この写経の伝統がほぼ停止された。一方その独特なネワー文化は世界から注目されるようになってきた。既に20世紀70年代から研究者はぞくぞく長期滞在し研究を始めたが、ここでもネパール写本は注目されている。そうした研究者へASKは積極的に資する必要が高まっている。しかし方法においても、人材の問題においても、経済的な面においても、ASKは弱体である。
写本の海外流出という問題をはじめとしてネパールの文化伝統の危機問題は、世界の経済、文化のグローバル化という状況の中で必然として起こった。すなわちその危機の責任はネパールだけにあるのではない。ASKの写本についてもその保存保護の責任はASK独人に押しつけることは出来ない。ユネスコが世界遺産という概念のもと、その保存を国際協力で行うと考えたことに照らして、写本の公開の活動並びに保存活動及び写本技術の再興は国際協力の中ででなされるべきである。
衝撃的な事件 − 古文書への攻撃 −
21世紀に入り、バーミヤン大仏の破壊は世界に衝撃を走らせた。この破壊の理由として、イスラム(一部の人々の)と言う文化に仏教の像造文化はなじまないと言う主張に基づくものであった。戦争と言う異常な背景があったとは言え、このような文化対立による文化破壊は大変由々しき事態である。
しかも古文書保存関係者にとっては、さらに、2つの衝撃的な事件のニュースを聞かねばならなかった。2001年5月ネパールのマヘンドラ大学へネパール共産党毛沢東主義者グループが襲撃した。教室とともに図書館が消失した。一時は5万点もの書籍が燃やされ、古文書も多く消失したというニュースが伝えられた。その後インドのプーナ市においてもバンダルカル東洋研究所へヒンズー原理主義者が攻撃をかけ、多くの古文書が消失した。
これは単に大学や研究所へ攻撃したというだけの問題ではなく、両事件においては『サンスクリットという言語は、被差別階級に対しての知識階級の差別の道具であった。』という考えが聞かれた。その思想の元に文書が燃やされたのなら今後文化原理主義が台頭することを考えると古文書、文化財保存において憂慮すべき時代になったと認識しなければならない。
マヘンドラ大学の事件は、ASKで古文書の保存と戦っている我々において他人事ではなかった。山地や平野部で攻勢をかけるゲリラがやがては首都カトマンズに及べば、象徴的な攻撃として古文書へ攻撃をかけるかもしれないという不安であった。
我々は早速内外の方と協力してアピールを出し、ユネスコはじめ日本政府にゲリラ攻撃などからの安全な収蔵対策を支援して欲しいと訴えた。
ASKに対しては緊急時にはすぐ写本を安全な場所へ避難させるマニュアルの作成と設置を訴えた。その避難先のひとつとして日本大使館を考えたので、外務省に一時避難の場所として大使館が利用できるように要請した。これについては快諾を頂いた。しかしASKは一向にマニュアルを設置することなく、写本を避難させる非常時などあるという考えに及んでいない。
報告の最後に
古文書を守るということは、それを愛することだ。またその保存と継承にはいつも不安があるということを十分認識することが不可欠である。しかし現場ではそういう意識啓発がいかに困難かを我々は経験した。一方古文書の保存はそれを継承してきた人だけに頼ることはもはや出来ない、これは人類の共通の財産だと考えて、保存に国際協力が必要である。我々はそう訴えたい。 |