仏教資料文庫の歴史 |
| 仏教資料文庫の活動は、ネパール仏教の信仰や文化と出会った有志で進められている。カトマンズに出来た小さな館シャンティクティを場としてそれは展開した。その中にBLの歴史を見たい。 |
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1970
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故アモーガ・バジュラ・バジュラチャールヤAmogha Bajra Bajracharya師との出会いがネパール仏教との出会いであり、師のネパール仏教への痛き思いを伝える活動がシャンティクティに始まります。 師は始めに故氏家昭夫高野山大学教授の学問的師であった、儀礼や経典の解読に氏家昭夫氏は専念し、ネパール仏教の研究の開闢者になられた。 |
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1972
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高岡秀暢はアモーガ師から百八観音像儀軌、カトマンズ創世記「ソワヤンブープラーナ」を学ぶ、同師からネパール仏教及びそのサンスクリット仏教経典の歴史的悲劇と現状を聞く。当時は日本においてネパール仏教という言葉はなく、サンスクリット仏教経典の存在や現状について関心は見られなかった |
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1973
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ダルマ氏と経典のマイクロ化について協力を受ける。 |
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1975
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ネワー文化の紹介の事業を伊藤昭氏と相談 故熊谷清司氏等と「百八観音木刻図像集刊行会」を設立 |
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1976
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伊藤昭氏シャンティクティ入り「百八観音木刻図像集刊行会」(後 百八観音サンガと改名)の事業推進 インド・ラダック地方において『仏教寺院壁画』、1977年ザンスカール地方、1978年ラフール地方にて同様の調査、主に古仏教壁画記録、チベット仏教護符摺刷収集を行う |
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1977
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『Lokeswar parichaya(百八観音紹介)アモーガ師著 刊行シャンティクティ』 を現地で出版(同書は後翻訳へ) |
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1979
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インド・ラダック地方「アルチ寺院古壁画模写隊遠征」畠中光享氏、宮本道夫氏参加、ネパール絵師イシュワリ・カルマチャールヤ氏を招待 以降4年間毎年1〜3名遠征 |
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1980
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BLはネパールの青年Mahendra Bajracharya氏をインドベナレスの「サンプールナンダ・サンスクリット大学」へ留学派遣,1981年にはBijaya
raja bajracharya氏を派遣 「Nepala Bouddha Prakasana (ネパール仏教出版)」を設立。サンスクリット仏典をネワー語に翻訳した書籍を出版する活動体 東豊久、宮崎崇 祭儀礼のビデオ記録を開始 記録活動を『ネパール仏教の今を記録する』と基本理念を決める。BLありのまま哲学※の開始 |
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1981
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「Nepala Lipi Kendra( ネワー文字学校)」の設立。日本語教室を開いて資金充当。( 現パタン日本語学校へ) 「仏教資料文庫」を開設。仏典のマイクロ化活動から祭儀礼の記録など様々な資料の収集をする活動の名とする。シャンティクティのボランティヤ活動の名とする。 『A Microfilm Catalogue of Buddhist Manuscripts in Nepal』 発刊BL 『百八観音木刻図像集』発刊同刊行会 『百八観音紹介』(アモーガ師著『Lokeswa parichaya』の翻訳)図像集 解説書として 『百八観音荘厳』伊藤昭著 同解説書として |
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1982
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ネパール仏教経典マイクロフィルム55巻完成 高野山大学始め日本の大学などへ納入 「百八観音木刻図像集刊行会」を「百八観音サンガ」と改め 図像集の刊行継続とともにネパール仏教文化の日本への紹介事業を行う活動体へ |
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1984
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百八観音サンガ主催 「ネパール仏教僧 アーシャー・カジ・バジュラチャールヤAsha Kaji Bajracharya師夫妻招聘 サンスクリット般若経読誦供養儀礼開催及びネパール仏教紹介」東京浅草寺 名古屋徳林寺 大阪妙寿寺 神戸西教寺など |
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1985
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百八観音サンガ主催第一回「ネパール仏教訪問の旅」 |
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1986
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「Nepala Bouddha Sanskrita Adhyayan Kendra( ネパール仏教サ 百八観音サンガ主催 「ネパール仏教音楽 ギャーナーマーラー賛歌日本巡礼」招待 |
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1988
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「Lotas Research
Center 」設立 宗教法人思親会から100%資金支援でネパール仏教文化保存等の活動を行う研究所 |
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1990
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百八観音サンガ主催「ネパール小金銅佛展」名古屋 徳林寺、大阪妙寿寺 |
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1991
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百八観音サンガ主催「ネパール仏教 チャルヤヌリティヤ」 ラトナ・カジ・バジュラチャールヤRatan kaji
Bajracharya 師 プラジョール・バジュラチャールヤPrjywarbajracharya師を日本へ招聘※ 『A Catalogue of the Sanskrit and Newari Manusripts in the Asha Archives(Asha Saphu Kuthi) Cwasa Pasa Kathmandu Nepal』吉崎一美著 黒髪文庫 |
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1992
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ASK理事会長パドマ・ラトナ・トゥラダールPadma Ratna Tuladhar氏からASK古文書マイクロ化再開の要請を受ける |
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1994
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国際交流基金アジアセンター助成決定 高岡、田之上 ネパールへ 「今の記録」祭りの記録とともに、ASKとの協議へ |
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1995
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『The Preservation Project of Manuscripts in Asha Saphu
Kuthi』※(通称日本語名 アーシャーサフークティ古文書保存プロジェクト 略称ASK-P)ASKとの間で『覚え書き』※交換 第一期事業古文書画像化及びその公開事業は、この時点では第2期国際交流基金アジアセンター助成を得ることが予定されていたので,センターとの協議でマイクロフィルムによる画像化を中心とした、BLは画像の公開についてそのフィルムをスキャニングし,公開へ向かうと考えた。 |
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1996
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マイクロ化を中止し、古文書の画像化は直接デジタル・スキャニングすることでおこなうことに決定、ASKに伝達,了承を得る |
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1997.6
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スキャニングのシステム※をASK内設営、ASK-P第一期事業スキャニングを開始 特にこの第一期事業を通称デジタルプロジェクトいい略してDPと言うようになった。 |
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1999.10
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デジタル画像化を終了、DPカタログの完成 ASK内にイントラネットとしてDPシステムの公開を試験的に始める |
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2000.2
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ASKDPデーターベースの公開開始 |
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2001.2
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秋にはデータベースを配布公開する事を決定。その方法についてBLとASKは協議中 |
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2001.5
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BLホームページ公開開始 |